映画

  • マイベスト2025

    いま書かないと(忘れて)書けないと思うので投稿します。まず買って良かったモノから!

    □ 迷宮歌劇『続・美少年探偵団』のペンライト

    観劇中しか使い道がないと思ってたけど、普段の生活で何かを始めるときやモチベーションが下がったときに「美・ショータイム!」と言いながら点灯させるとテンション上がるのでおすすめです。

    smoo bloom ダイニングチェア


    https://item.rakuten.co.jp/t-interior/abf17cd/?scid=wi_ich_iphoneapp_item_share

    ホームセンターで買った即席椅子を3年ほど使ってたら腰痛が酷くなったので購入した。座面と脚の色を自分好みに変更することができる。わたしは青×オレンジにしました。1万円以下で買えるのに座り心地も良い。

    ぽこぽこ素材の半袖シャツ

    語彙力がなくて申し訳ございません。古着屋で買ったやつです。ぽこぽこした素材なのでシワにならず、尚且つ涼しい。滝汗なのですが、汗染みも目立たず夏の暑い日に大活躍しました。

    【STREET QUICK BITES STAND】ランチボックス

    https://www.dot-st.com/nikoand/disp/item/322690/

    ここ半年間毎日お弁当を作っている。二段弁当って食べる時いちいち持ち替えないといけないのが面倒だったんですよね⋯。そこで見つけたのがこのランチボックス!(通販番組?)一段でも大容量だし仕切りもついてるので食べやすい。

    【BILLY(ビリー)】スマホスタンド

    https://www.dot-st.com/nikoand/disp/item/293932/

    仕事の休憩中に配信をみる用のスマホスタンド。ポップな色が可愛いのと、小さく折り畳めるので持ち運びが楽。

    XlamV 2nd LIVE -DUH- DVD

    https://store.vsambivalenz.com/s/e07/item/detail/SSXX-90142

    大好きなXlamV!配信を観てから絶対買うと決めて、発売を心待ちにしておりました。特典も豪華だし、配信では見れなかった画角のレパートリーも豊富だし、本当に買って良かった。


    次は読んだ本と漫画。これは一覧の画像を作りました。漫画はBLとGL込みです。

    次は見た映画とドラマとアニメです。今年はあまり観てなくて、観たとしても「どちらかといえば好きだが、ベストと言われると⋯?」という感じだったので、めちゃくちゃ少ないです!

    また詳しい感想書けたらいいんだけど、そんな時間が無いかもしれない。

    次は聴いた音楽です!見事にアニソンばっかりですが…。※そういえば最近Apple musicに変えました。

    https://music.apple.com/jp/playlist/%E7%88%BD%E5%BF%AB%E3%81%AE2025/pl.u-38oWXBgTvBbAod

    2025年も波乱の年でしたね。来年はどうなるか不安でたまらないです。それでも前を向いていけたらいいな。

    来年の目標は「貯金をする」「無理をしない」「流されない」にしようと思います!(,^_^,)

  • 映画『ロボット・ドリームズ』を観ました。

    あらすじ
    大都会ニューヨーク。
    ひとりぼっちのドッグは、
    孤独感に押しつぶされそうになっていた。
    そんな物憂げな夜、ドッグは
    ふと目にしたテレビCMに心を動かされる。
    数日後、ドッグの元に届けられた大きな箱――
    それは友達ロボットだった。
    (引用:ロボット・ドリームズ公式ホームページ https://klockworx-v.com/robotdreams/ )

    家で独り 冷凍食品を電子レンジで解凍し、二人用のゲームを一人で何時間もプレイして、ひたすらテレビを見る。そうして1日が終わる。
    仲睦まじい他者を見ると、孤独は寂しくて虚しいと感じてしまう。
    他者と繋がっていたいのに、波長が合わないし失望されるのが怖い。ドッグの家のドアはいくつもの鍵で施錠されている。だから自分の感情を理解して波長を合わせてくれるロボットに出会えて、天にも昇る心地でEarth, Wind & FireのSeptemberを踊り出すドッグを見たとき「良かったね〜!」と思った。
    そしてロボットがドッグに尽くすだけではなく、自分の「好き」を見つけていく描写も素晴らしくてもっと続けこの時間!と願った。でも海岸でロボットが故障して、ドッグの体力では持ち上げられなかったために、あっさり置いて帰ったのにはびっくりした。色々手は尽くしていたし、助けに行く計画も立てていたけれど、そこは犬とロボットというか、生物対生物ではなくて生物対モノなんだなと。都合が良すぎないか?と度々感じたが、その都合の良さも含めてリアルだった。もうそこからロボットがいない間の溝を埋めるようにドッグが友達を増やすために様々なことに挑戦するものの、やっぱり脳裏にチラつくのはあなたなんだよねみたいなシーンが続く。
    その間もロボットは置き去りのまま。眠って、何度もドッグの家に帰る夢を見る。夢オチのオンパレード(ロボット・ドリームズ!)。映画内で登場する『オズの魔法使い』でも、「やっぱり家が一番」というセリフが出てくるし何なら最後夢オチっぽく終わるし…。そこもリンクしてるなと思った。結果ロボットはドッグ以外の生物に助けてもらえると思ったら足をちぎられて、途中で鳥の巣として雛の成長を見守り、最終的には工場でバラバラにされる。ここでわたしの心もバラバラかつズタズタになった。しかしバラバラにされたロボットはラスカルに拾われ、また違う“形”になって新たな人生を歩む。
    そしてドッグも新しいロボット(ティン)と出会い、また新たな日常を過ごす。これで終わりかと思ったけれど、最後の展開でボロボロ泣いた。あそこでSeptemberが流れるとは思わなかった。

    あなたと一緒に歌って踊ったお気に入りの曲を忘れない、あなたの存在を忘れない、覚えている?と聞かれたらいつまでも覚えてるよと答えられるくらいあなたが大好きで、ずっとあなたの幸せを願っている。それでも人生は続いていく。喪失と追憶と再生のお話でした。

    Earth, Wind & Fire『September』

  • U-NEXTで『ベイビーわるきゅーれ 2ベイビー』を観ました。

    ちさと(高石あかり)とまひろ(伊澤彩織)は、また途方に暮れていた・・・。ジムの会費、保険のプラン変更、教習所代など、この世は金、金、金。金がなくなる・・・。時を同じくして殺し屋協会アルバイトのゆうり(丞威)とまこと(濱田龍臣)兄弟も、途方に暮れていた…。(『ベイビーわるきゅーれ 2ベイビー』公式サイトのあらすじを引用)

    お金がないという切実さも描きつつ、前作よりもコメディ要素強めだった。「花束みたいな恋をした」いじりがすごい。でもやっぱり“殺し屋”としての仕事に勤しむちさととまひろはスイッチの切り替え方がエグくて怖かったです(褒め言葉)。

    ゆうりとまことvsちさととまひろになったとき、両者同じ部位に傷を負ってるのに動きは全く違うという対比がよく出来てるなと思った。お金がない状況は一緒なのにスタート地点がそもそも違うことにも通づる。最後さ、ゆうりとまことがちさととまひろの立場なら「せっかく仲良くなれたんだ 殺せないよ」になるだろうけど、ちさととまひろは容赦無くゆうりとまことを殺せるんだ…と震えました。

    あと田坂さん、生きててくれて良かった。

  • Netflixで『PLAN75』 を観ました。

    夫と死別してひとりで慎ましく暮らす、角谷ミチ(倍賞千恵子)は78歳。ある日、高齢を理由にホテルの客室清掃の仕事を突然解雇される。住む場所をも失いそうになった彼女は<プラン75>の申請を検討し始める。(引用:『PLAN75』公式サイトのあらすじより)

    まず最初に、架空の話とは到底思えなかった。それくらい現実だった。健康診断会場や炊き出しの場所に<プラン75>の申請窓口が隣接しており、そこには「住民票が無くても申請可能」と掲げられている。支援の場所のはずが、人の命を効率的に切り捨てることができる場所になっているのが悲しかった。そして市役所の生活支援相談窓口は早々に閉まるが、<プラン75>関連のコールセンターは24時間営業だ。そのうえ<プラン75>に申請した人には10万円の給付金がもらえる。たったの10万円。10万円という数字が妙にリアルじゃないですか?そういえばコロナ給付金も10万円だった。こんな少額で何が出来るんだろうと思ったけど、何もできないからこの額なんだろうな。これより多い金額をもらったら人生に希望を持ってしまうし、“支援”になったら“国が”困るもんね。

    あと市役所の職員ヒロムが公園のベンチに寝そべりながら、「これだったら寝れないですね!」と笑顔で言っていたのも恐ろしかった。映画で「排除アート」が生まれる瞬間を目の当たりにするとは思わなかった。

    人権を蔑ろにし、人の命を生産性で判断する。社会的に弱い立場に置かれた人を価値がないと排除する。役に立つ/役に立たない/自己責任/自助努力という言葉、差別的な言説が蔓延するこの社会の不寛容さがたどり着く先がこうなる可能性は大いにある。国の失策が個人の責任に置き換えられ、本来支援されるべき人が結果的に排除されてしまうのはあってはならないことだと思う。死に方を選ぶ/尊厳死と言われれば、聞こえはいいかもしれない。でも選択肢を極端に狭められて、結果的に選ばされた死は自由意志ではない。この架空の世界を架空のままで終わらせるために何が出来るのか、考えていきたい。

  • 映画『カラオケ行こ!』を観ました。

    成田狂児役は綾野剛、岡聡実役はオーディションで選ばれた齋藤潤、脚本は野木亜紀子

    原作はヤクザ(大人)と未成年(中学生)がカラオケを通して関わっていく物語で、私も楽しく読んだ。冷静に考えるとアウトな出会い方をしているのに、そのグロテスクさを内包しながらも、コミカルかつ巧みな言い回しによって緩められてる感はある。それをすんなり受け入れてしまっている自分に時々びっくりする。

    正直実写映画化と聞いたときは漫画内のキャラクターを演じられる人はいるの?あの危うい雰囲気を映像化するの?等々、不安と困惑と疑問で頭がいっぱいになった。でも観に行ったら、手のひらを返しすぎてドリルになるくらい面白かったです。野木亜紀子の脚本がうますぎ。

    聡実くんが最後に歌う「紅」がすごすぎた。もう二度と出せないソプラノ…叫ぶたびに掠れる歌声が切なく、だけど力強かったです。

    そしてなんといっても、和田役の後聖人と栗山役の井澤徹の演技が素晴らしすぎました。あんな和山やま作画キャラクター、よう見つけてきましたね。しかも栗山は映画版のオリジナルキャラクターですからね。栗山と聡実くんが映画を観ながら会話するシーンを挟む=メンター的な立ち位置の構築なのかなと思った。このキャラクターを演じた俳優さんの他の演技も見てみたい。

  • 『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』を観た。

    MeToo運動のきっかけとなったハリウッドの権力者ハーヴェイ・ワインスタインによる性犯罪被害の実態と報道時の様子を再現した映画。映画業界・ジャーナリズム界における性差別、性犯罪の温存と隠蔽。報道する以前に何度も阻まれ、不安と沈黙を強いられる状況の緊迫感と生々しさが伝わってきた。世間に大々的に報道されたあと、実際に事件として扱われ、ハーヴェイ・ワインスタインに禁固刑が言い渡されたことの意義は大きい。日本は性犯罪者や差別主義者に甘いから(権力者の不正や犯罪が温存されている状況)実際に司法が機能しているのを目の当たりにして、これが「当然」だよなと思った。被害者を守るための法改正と制度づくり、悪しき構造の撲滅が急務なのに、日本は何やってるんですかね…。

    映画内で良かった点は、母親でもある女性記者二人の「仕事と家庭の両立ができない」という描写が無かったところ。多忙ではあるものの、一人で背負うとかがない。職場の上司もパートナーも当たり前に協力する。

    それはどうなんだと思った点はジャーナリストが取材対象である被害者の夫に(具体的な内容ではないものの)事件に関する情報をうっかり漏らしてしまうシーン。本人のあずかり知らないところで、同意なく情報を漏らすのはプライバシーの侵害だしちょっとあり得ないことですね。

  • 『ウーマン・トーキング 私たちの選択』を観た。

    知らぬ間に性暴力を受けていた女性たちが主体性と尊厳を取り戻すために、対話を重ねていく様子を描いた映画。性暴力被害の事実を知った上で、何を・どの道を選択すべきか、必ずしも一致しない意見と行動にどう折り合いをつけていくのかが語られる。
    ことを語る言葉がなかった 言葉がない場所にあるのは沈黙だ 沈黙こそ恐怖だった」と明かすこと、立場の弱い被害者が「赦し」を強要されるのは「赦しの誤用」としっかり明言すること、どれも必要であり、一人一人が持たなければいけない認識だなと思った。
    サポートやケアがない極限状態で限られた選択肢を強いられる精神的負担や、オーガストはあの村で生きていけるのだろうかとか、観終わったあとも色々考えてしまうし、考え続けなければいけない問題ですね。

  • 『ブエノスアイレス レストア版』を観た。

    男性同士の愛と別れと約束、ファイ(トニー・レオン)の前進とウィン(レスリー・チャン)の停滞を、湿気がこもった鮮やかな色彩で描いた映画。

    ファイの独占欲と嫉妬心、ウィンの寄る辺なさと真の孤独感が何度もぶち当たっては砕けていく。最後のファイの言葉「会おうと思えばいつでも会える」の意味を反芻してしまうな。私は、偶然を除いて、二人の人生が交わるかどうかは当人次第だと受け取った。でもそれは別離というよりも希望なんじゃないか…?と思えるような、ファイのやわらかい表情が印象的だった。

    まあファイの独占欲でウィンのパスポートを隠すのはひどいと思うけど…。でもパスポートってファイが部屋を退去したときに置いていった(返している)ように見えたのですが、結局のところどうなのだろう?X(旧Twitter)で検索するとパスポート返してあげてって声が多い気がする。

    あと『花様年華』でもあったように、二人の間に起こったことすべてを映すわけではなく、突然場面が切り替わるのがウォン・カーウァイっぽさだなと思った。決して多くない台詞で、俳優の多様な表情と細かい動きを見せることで、時間の経過の残酷さをしっかりと感じさせるのが上手い。

    ファイとウィンの破滅的なやりとりの合間に、チャン(チャン・チェン)という存在が出てくるのもよかった。

  • 『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』を観た。

    https://youtu.be/RKP49hL6BoQ?si=-V8o0NfRkigtAQPn

    「世の中そういうもん」と受け流せず、自分の言葉が人を傷付けるかもしれないという不安を抱えている人たちがぬいサーの部員として、ぬいぐるみとしゃべることを通じて、感情を吐露する場面が何度も出てきた。
    割り切って生きることができれば…でも自分にはそれがどうしてもできないって気持ちが痛いほど分かった。
    最後のシーンで、七森と麦戸がぬいぐるみを抱っこしながら、でもお互い向かい合って「話そうよ。話してないことがたくさんありすぎる。全然大丈夫じゃない」という話をしていたのも良かった。
    そしてわたしはずっと白城の打たれ強さと「わたしはぬいぐるみとしゃべらない」という選択について考えている。

  • Disney+で『私ときどきレッサーパンダ』(原題:Turning Red)を見た。

    舞台は2000年代のカナダ・トロント。そこのチャイナタウンで暮らすメイは由緒ある寺の家系に生まれ、厳格な母親の期待に応えようと日々勉強や家事を頑張る真面目な13歳の女の子。学校では成績優秀な生徒でありながら変わり者と称されるほどパワフルな性格の持ち主で、親友のミリアム、プリヤ、アビーとふざけ合ったり、一緒に好きなアイドルグループ『4★TOWN』のことを語り合うのが日課になっている。これはそんなメイが、ある日突然「先祖の呪い的なパワー」によってレッサーパンダに変身してしまうという物語である。

     メイがレッサーパンダに変身する条件については色々な解釈があるものの、私は『感情が昂ったとき(この中には思春期による心身の変化なども含まれている)』だと考えている。隠れて自分のノートに描いた“気になっている男の子(コンビニ店員のデヴォン)の絵”や“デヴォンとメイ自身のロマンティックな絵”を母親に無断で見られてしまったことや、その絵を見て怒った母親がデヴォンが勤務するコンビニへ向かい、娘をたぶらかすんじゃない!と怒りながらメイが描いた絵を数人の客の前で(その中にはクラスメイトのヤンチャな男の子もいた)晒したこと、そして絵を人に笑われていじられたこと等が変身のトリガーとなったようだ。意気消沈しているメイに向かって母親は「これでもう大丈夫よ」「他にもママが知っておくべきことはある?」と言っているので、あくまでタチの悪い男の子から純粋無垢な娘を守ったと思っている様子。昔から両親を敬うことを教えられてきたメイは「あんな絵を描くなんて下品だ、最低だ。ママごめんなさい」と猛反省し、二度と描かないと誓う。

    翌朝目が覚めるとレッサーパンダに変身していたことから、「性的興奮」を表に出すのはいけないことであり、それを絵にしてしまった自分は「恥ずかしい」存在で、どうしてそんな下品なことをしてしまったんだろうと自分に対する「嫌悪」や「怒り」を募らせ、明日からどうすればいいんだという「不安」が一気に溢れ出てしまったんじゃないかと思う。ちなみにいったん深呼吸をして冷静になるとレッサーパンダから人間の姿に戻れるので、『レッサーパンダにならないよう気をつける=感情を表に出さない』ことであると判断した。

     色々あってメイは母親にレッサーパンダの姿を見られてしまうのだが、そこで判明したことは「レッサーパンダに変身する能力」は先祖代々受け継がれてきたもので、遠い昔戦いが続き男たちが村を留守にしている間、悪党から村を救うため、レッサーパンダに変身して戦う能力を神から与えられたのだそう。戦うことが不要となった現代においてこの能力はただの厄介なものとされており、一族の女性たちは普段その力を髪飾りやペンダントなどに封印している。レッサーパンダの力を使いすぎると人間の姿に戻るのが難しくなるということが、メイにとっての「呪い」の力になってしまう。メイは家に閉じこもってレッサーパンダに変身しないよう感情をコントロールする特訓を始めるが、メイを心配した親友たちが家にやってきてレッサーパンダであることがバレてしまう。親友たちは最初は驚いたものの、その可愛らしい姿に大興奮。メイは「自分はバケモノだ。1人にして」と号泣するが、それを聞いた親友たちが推しのアイドルグループ『4★TOWN』の曲を歌い、「大好きだよ。友達でしょ。メイはメイ、レッサーパンダでもそうじゃなくても」という優しい言葉をかける。私は「さっきまで“呪い”だと思っていた部分が他者の言葉によって全部ひっくり返る」このシーンがとてもお気に入りだ。ここからメイは感情のコントロールが上手くなっていき、自分の意志でレッサーパンダに変身することが可能になる。前半は“ネガティブな感情”、後半は“ポジティブな感情”の表出と、変身条件が変わっていることも重要な点だと思う。

     『4★TOWN』のライブに4人で行くため、レッサーパンダの姿で学校の生徒と撮影会を実施したり、グッズの製作や販売を始めて資金を稼ぐメイたちの姿を見ていると「オタク力(ぢから)」の凄まじさと執念を感じた。無事ライブには行けたものの、言うことを聞かない娘に怒った母親が巨大なレッサーパンダに変身してライブ会場をぶっ壊したりしてもうてんやわんや。親子喧嘩の規模がデカすぎる。メイは母親に対して「レッサーパンダでお金を稼ぐのも、パーティへ行くのも私が言い出した」「男の子、大音量で聴く音楽、チャラい踊りも大好き」と高らかに宣言する。このときメイは生まれて初めて母親に“反抗”した。そのあとは母親の力を封印するために一族の女性たちも身につけていた髪飾りやペンダントなどを壊してレッサーパンダに変身するのだが、そのシーンには『美少女戦士セーラームーン』のオマージュがふんだんに散りばめられている。あとから映画のメイキング映像を見てみるとドミー・シー監督は日本のアニメや漫画に強く影響を受けており、二次創作をネットにアップしていたという生粋のオタクだったのでそういった点も『私ときどきレッサーパンダ』に反映されてるんだなと思った。しかしながら、日本のアニメや漫画でよく見るような美化された女の子ではなく、足の太さや顔のホクロ、眉毛の一本一本まで細かくリアルに描いているのは素晴らしいし注目すべき点である。

    封印の儀式は親友やライブに来ていたファン、そして『4★TOWN』の歌の力も加わり無事成功。メイは気づくと竹林(おそらくレッサーパンダを引き剥がし封印する境界のような場所)にいて、そこで自分と同じくらいの歳の母親と遭遇する。母親もまた「良い子でいることに疲れた」「母さんは満足しない」と泣いており、そこで初めて自分と同じ気持ちを抱いていたことを知る。メイは泣いている母親に「ママはママでいいの」と声をかける。これはメイが落ち込んでいたときに親友たちから言われた言葉だ。レッサーパンダを封印する(抑える)のは女性(ここでは移民女性)が社会に順応していくことの暗示という認識だが、他の女性たちが竹林でレッサーパンダを封印する中で、メイがレッサーパンダと共に生きることを選んだのは大きな決断だと思った。

    そういえば妖怪シェアハウスの最終話でも澪が怒りの象徴と言われる鬼の「ツノ」と共に生き、「妖怪化」することを選んだ展開があったよね…と思い出したりした。

    そしてこのパンダ事件をきっかけにリー家の寺院は大繁盛し、そのお金の一部はライブ会場の修繕費にあてられることとなる。

    物語の最後はメイのこんな言葉で締めくくられる。

    野獣は誰の心にもいる。みんなメチャクチャでおかしな部分があるのにほとんど表に出さない。でも私は出したよ あなたはどう?