• see you 2024 𓂃 𓈒𓏸

    皆さま、2025年が始まって2週間が経とうとしております。
    年末年始はバタバタでマイベストを書く気力も無く⋯ ただ、これを書かないと俺の2025年は始まらねえ!と思ったので重い腰をついにあげました。簡単な感想です。

    映画

    ・夜明けのすべて(2024年)
    「3回に1回くらいなら助けられる」という言葉を心に留めながら生活してる
    ・僕のヒーローアカデミア THE MOVIE ユアネクスト(2024年)
    ジュリオ・ガンディーニ!ジュリオ・ガンディーニ!ジュリオ・ガンディーニ!大事なことなので3回言いました。
    ・劇場版ハイキュー‼ ゴミ捨て場の決戦(2024年)
    孤爪研磨「面白いままでいてね」←怖すぎ
    ・きみの色(2024年)
    水金地火木土天アーメン♪
    ・ロボット・ドリームズ(2024年)
    Septemberを無限リピート
    ・ギヴン 海へ(2024年)
    「1人でいっぱい考えたんだ。普通に、すごいよ」←泣いてしまう
    ・HAPPYEND(2024年)
    緊急事態条項絶対反対… あらゆることは政治と地続きである

    ドラマ

    ・燕は戻ってこない(2024年)
    「心が叫んでる 踏み躙られるな 奪われるな 人並みになりたいんじゃない 私は私でありたい」 ここの台詞頷きすぎて首痛めた
    ・SHUT UP(2023年)
    「許しちゃいけないことがある」「傷つけられた人が直接戦わなきゃいけないわけじゃないから」 この姿勢を大事にしていきたい

    ・ミヒャエル・エンデ『モモ』
    新自由主義的な資本主義社会の象徴みたいな物語。大切な本になった。
    ・アーシュラ・K・ル=グウィン『いまファンタジーにできること』
    相変わらずの切れ味
    ・あさのあつこ『NO.6』
    今起こってる戦争や虐殺に通ずる物語だと思った。世界を切り離してはいけない
    ・永井玲衣『水中の哲学者たち』
    考えよう。哲学しよう。
    ・大森美佐『恋愛ってなんだろう?』
    中学の時にこの本があれば良かった〜!いま読んでも新たな発見があった。

    漫画

    ・ドンドン『夢で逢えたら覚悟して』(BL)
    マジで面白すぎるから全員読んでください!
    ・ダヨオ『最終電車の恋人たち』(BL)
    「デモ行って帰りにうまいもん食ったりしよう!」 ダヨオ先生ありがとう!!!
    ・柴田文『スキップしたいな』(BL)
    漫画読んでスキップしたくなったのは初めてです!
    ・ハトリアヤコ 『私たちのブルーアワー 上/下』
    人との繋がり方/怒りとどう向き合っていくかという話をしていた。空気感が好きです。
    ・スケラッコ『ここは鴨川ゲーム製作所(2)』
    キャラクターの関係性が好きです。

    舞台

    ・舞台「魔法使いの約束 エチュードシリーズ Part1」
    ・舞台「魔法使いの約束 エチュードシリーズ Part2」

    まほステを観に行けて良かった!エチュードシリーズ全部好きです。(part2の感想も書きたい…)コリンの歌声が忘れられません。何よりも特別な世界一のきみ…
    ・ミュージカル「NO.6」
    配信で観ましたが、ネズミの「このまましゃがみこんで眠ってしまおうか?もう諦めて… 雨の匂い 外が近い 足が前に出る 肉体が抗う 一歩一歩一歩 困ったもんだ どうやら俺は生き延びたいらしい」という言葉と歌声が頭から離れません。
    ・迷宮歌劇「美少年探偵団」
    歌詞が面白い(「美ショータイム」「飛んで美にいる夏の虫」など) 演出もキャンプみがあって楽しめました。

    音楽

    ジャンルごちゃ混ぜだけど全部好きな曲!2025年もたくさんの曲に出会いたいです!

    年初めから絶賛体調崩し中ですが、今年の目標は
    ・家計簿をちゃんとつける
    ・自分と相手のペースを理解する
    ・嫌でめんどくさい作業から始める
    でいこうと思います!

    皆さま、今年もよろしくお願いします^^

  • 映画『ロボット・ドリームズ』を観ました。

    あらすじ
    大都会ニューヨーク。
    ひとりぼっちのドッグは、
    孤独感に押しつぶされそうになっていた。
    そんな物憂げな夜、ドッグは
    ふと目にしたテレビCMに心を動かされる。
    数日後、ドッグの元に届けられた大きな箱――
    それは友達ロボットだった。
    (引用:ロボット・ドリームズ公式ホームページ https://klockworx-v.com/robotdreams/ )

    家で独り 冷凍食品を電子レンジで解凍し、二人用のゲームを一人で何時間もプレイして、ひたすらテレビを見る。そうして1日が終わる。
    仲睦まじい他者を見ると、孤独は寂しくて虚しいと感じてしまう。
    他者と繋がっていたいのに、波長が合わないし失望されるのが怖い。ドッグの家のドアはいくつもの鍵で施錠されている。だから自分の感情を理解して波長を合わせてくれるロボットに出会えて、天にも昇る心地でEarth, Wind & FireのSeptemberを踊り出すドッグを見たとき「良かったね〜!」と思った。
    そしてロボットがドッグに尽くすだけではなく、自分の「好き」を見つけていく描写も素晴らしくてもっと続けこの時間!と願った。でも海岸でロボットが故障して、ドッグの体力では持ち上げられなかったために、あっさり置いて帰ったのにはびっくりした。色々手は尽くしていたし、助けに行く計画も立てていたけれど、そこは犬とロボットというか、生物対生物ではなくて生物対モノなんだなと。都合が良すぎないか?と度々感じたが、その都合の良さも含めてリアルだった。もうそこからロボットがいない間の溝を埋めるようにドッグが友達を増やすために様々なことに挑戦するものの、やっぱり脳裏にチラつくのはあなたなんだよねみたいなシーンが続く。
    その間もロボットは置き去りのまま。眠って、何度もドッグの家に帰る夢を見る。夢オチのオンパレード(ロボット・ドリームズ!)。映画内で登場する『オズの魔法使い』でも、「やっぱり家が一番」というセリフが出てくるし何なら最後夢オチっぽく終わるし…。そこもリンクしてるなと思った。結果ロボットはドッグ以外の生物に助けてもらえると思ったら足をちぎられて、途中で鳥の巣として雛の成長を見守り、最終的には工場でバラバラにされる。ここでわたしの心もバラバラかつズタズタになった。しかしバラバラにされたロボットはラスカルに拾われ、また違う“形”になって新たな人生を歩む。
    そしてドッグも新しいロボット(ティン)と出会い、また新たな日常を過ごす。これで終わりかと思ったけれど、最後の展開でボロボロ泣いた。あそこでSeptemberが流れるとは思わなかった。

    あなたと一緒に歌って踊ったお気に入りの曲を忘れない、あなたの存在を忘れない、覚えている?と聞かれたらいつまでも覚えてるよと答えられるくらいあなたが大好きで、ずっとあなたの幸せを願っている。それでも人生は続いていく。喪失と追憶と再生のお話でした。

    Earth, Wind & Fire『September』

  • 舞台『魔法使いの約束』エチュードシリーズPart1(6/20 マチネ)を観に行きました。

    約6年ぶり?の2.5次元舞台⋯ずっと行きたかったまほステ⋯とりあえず記憶に残っていることを書き連ねていきたいと思います。

    まず開始早々幕が上がると目の前に真木晶が立っててビックリした。舞台って魔法みたいにキャラクターが突然現れるからスゴい(?)他の魔法使いたちも続々と登場するんだけど、全員ゲームの中から飛び出してきたような再現度なうえに歌がうますぎました。声量が凄まじくて劇場がちょっと振動してましたよね⋯?

    「お引越し♪ニューデイズ♪」がかわええ〜 新しい出会いと生活にワクワクドキドキする魔法使いもいれば、かったるそうにする魔法使いもいて(ネロとかネロとかネロとか)俺はその対比が見たかったんだ!と歓喜しました。

    魔法舎のみんなと仲良くしたいクロエが「落ち着かないのは仲良くなれる自信がないから。変なことをして嫌われたくないし」と言ったときに、ラスティカが「僕は嫌わないよ。なんで変なことしたんだろうって面白くなって僕も一緒に変なことをしちゃうだろうけど」と答えるシーン、大好きだ…ケアする対話…

    クロエとヒースクリフのあの初対面のぎこちなさとかお互い話してみたいけど何を話せばいいかわからん感じ、理解(わか)る!

    あとこの日の日替わりで、フィガロが三点倒立をしようとして観客を騒然とさせてたのがウケました。「自分の限界に挑戦しようと思ったけど、すでに限界みたいだ」と言って会場を沸かせるフィガロはやっぱり流石だなと思いました。

    ムルの登場シーンで度肝を抜かれました。いや⋯あの本当にムルが目の前に存在してたんですよ。舞台が近かったっていうのもあるんですけど、ムルが飛び跳ねるたびに振動が伝わってきて、こんなに飛び回って動くんだ⋯と感動しました。ゲームの文章のまんまだった。あと声のトーンもだし、何よりも歌声が素晴らしくて⋯橋本真一さん、すげえ!と脳内でスタオベしました。

    シャイロック先生の授業楽し〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!魔法の質問には分かる範囲で答えるけど、個人的な質問には答えないスタンスとかマジで大好きです〜〜〜〜〜〜!!!

    『悪戯好きな仮面のエチュード』、冒頭からシャイロックとフィガロがバチバチ火花を散らしてて最高でした。みんなの衣装も可愛い。そしてエレベーターの可動音とともに上からシャンデリアがおりてきたと思ったら唐突に始まる誰も踊らない華やかなマスカレード(仮面舞踏会)!「身分も素顔も本音も仮面の下に仕舞い込んで」って歌詞が良すぎるよ。アンサンブルの方達、歌が上手い。本当にその場の空気が変わったもん。

    『孤高な盗賊のエチュード』、ブラッドリーだからこそ成立する面白さと痺れるかっこよさがありました。さすがキーマンだ。ミスラとオーエンが箒に乗りながら喧嘩してるときポケモンバトルみたいな構図でテンション上がった。盗賊団の頭領とムルの日替わり、好きになっちゃうだろ!!最後お酒で乾杯するときにボトルとかが光るのすごい。ミスラとオーエンがグラスをカチンと合わせてて良かった。北の歌声は低くて力強くて、さすが北の国で生きてきた魔法使いたちだなと思った。北3とシャイロックの日替わり⋯ふふ⋯となった(でもわたしはマクド不買中なので複雑な気持ち)

    『哀愁のひまわりのエチュード』、わたしが見たかったものが全部詰まってました。ファウストがフィガロに向けた言葉「あなたと一緒に生きるのは、僕じゃないし、僕と一緒に生きるのはあなたじゃないんだよ。」が衝撃的だった。寂しいし苦しい。フィガロの諦念とファウストの孤独がぶつかり合っていた。理解できない(したい)他者との関係性。これを生で観ることができて良かったです。ヒースとシノが二人で大きな荷物を持ちながら喧嘩するとき、ヒースが「レモンパイも入ってるんだぞ!」と怒ったら、シノが「そんな大事なことはもっと早く言え!」と返してて微笑ましかった。ここの台詞も日替わりだったんだ。シノの「あの月を跪かせて、オレの靴底で踏みつける日まで、あんたたちが必要だ。一緒にいれない奴らだとしても、一緒にやっていこう。」を聞いて、わあああってなった。シノ、そして東のみんなの決意。ファウストの歌声やばい。声量どうなってるの!?ファウストの歌声でひまわり畑が浄化されるとき、客席も光に照らされてわたしも消えるかと思った。ビアンカの歌〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 透き通ってた。ビアンカ大好きだよ。欲を言うなら、本当にビアンカ役の方が生で歌ってるのを聴きたかった。

    最後さー!オープニングで歌った曲とマスカレードReprise(わたしはそう呼んでる)をみんなが仮面をつけて踊る演出最高すぎませんでしたか?みんなの歌声とダンスが素晴らしすぎて終始鳥肌が止まらなかった。

    「華やかなマスカレード 歌って踊ろう お手をどうぞ 仮面の下で微笑んで

    華やかなマスカレード 食べて飲んで語り合って 仮面の下を覗かないで

    国も素性も本音も 仮面の下に仕舞い込んでマスカレード マスカレード 今夜限りの仮面舞踏会」

    お互いに素性を隠しながら、それでも、手を取り合って踊れるということ。華やかで煌びやかで眩しかったです。それとさ、ペアダンスの振り付け変わってましたよね!?手繋ぐとか聞いてないよ。ネロとムルが一緒に踊るってだけでもビックリしたのに、目を合わせながら手も繋いでてわたしは⋯わたしは⋯ この二人の組み合わせもいいな⋯という新たな気づきを得ました。

    まほステは本当に原作の物語の行間を埋めるのが上手いし、観劇すると色々な発見や解釈が出てくる。そしてゲームをより深く楽しむことができる。脚本も演出も音楽もメイクも衣装も役者の皆様の演技もどれも素晴らしくて、この舞台を生で観ることができてわたしは幸せだなと思いました。あーあ!!!!!仕事したくね────────(大の字になって寝転がる絵文字)まほステエチュードPart2、絶対行くど!!!!!!

  • U-NEXTで『ベイビーわるきゅーれ 2ベイビー』を観ました。

    ちさと(高石あかり)とまひろ(伊澤彩織)は、また途方に暮れていた・・・。ジムの会費、保険のプラン変更、教習所代など、この世は金、金、金。金がなくなる・・・。時を同じくして殺し屋協会アルバイトのゆうり(丞威)とまこと(濱田龍臣)兄弟も、途方に暮れていた…。(『ベイビーわるきゅーれ 2ベイビー』公式サイトのあらすじを引用)

    お金がないという切実さも描きつつ、前作よりもコメディ要素強めだった。「花束みたいな恋をした」いじりがすごい。でもやっぱり“殺し屋”としての仕事に勤しむちさととまひろはスイッチの切り替え方がエグくて怖かったです(褒め言葉)。

    ゆうりとまことvsちさととまひろになったとき、両者同じ部位に傷を負ってるのに動きは全く違うという対比がよく出来てるなと思った。お金がない状況は一緒なのにスタート地点がそもそも違うことにも通づる。最後さ、ゆうりとまことがちさととまひろの立場なら「せっかく仲良くなれたんだ 殺せないよ」になるだろうけど、ちさととまひろは容赦無くゆうりとまことを殺せるんだ…と震えました。

    あと田坂さん、生きててくれて良かった。

  • Netflixで『PLAN75』 を観ました。

    夫と死別してひとりで慎ましく暮らす、角谷ミチ(倍賞千恵子)は78歳。ある日、高齢を理由にホテルの客室清掃の仕事を突然解雇される。住む場所をも失いそうになった彼女は<プラン75>の申請を検討し始める。(引用:『PLAN75』公式サイトのあらすじより)

    まず最初に、架空の話とは到底思えなかった。それくらい現実だった。健康診断会場や炊き出しの場所に<プラン75>の申請窓口が隣接しており、そこには「住民票が無くても申請可能」と掲げられている。支援の場所のはずが、人の命を効率的に切り捨てることができる場所になっているのが悲しかった。そして市役所の生活支援相談窓口は早々に閉まるが、<プラン75>関連のコールセンターは24時間営業だ。そのうえ<プラン75>に申請した人には10万円の給付金がもらえる。たったの10万円。10万円という数字が妙にリアルじゃないですか?そういえばコロナ給付金も10万円だった。こんな少額で何が出来るんだろうと思ったけど、何もできないからこの額なんだろうな。これより多い金額をもらったら人生に希望を持ってしまうし、“支援”になったら“国が”困るもんね。

    あと市役所の職員ヒロムが公園のベンチに寝そべりながら、「これだったら寝れないですね!」と笑顔で言っていたのも恐ろしかった。映画で「排除アート」が生まれる瞬間を目の当たりにするとは思わなかった。

    人権を蔑ろにし、人の命を生産性で判断する。社会的に弱い立場に置かれた人を価値がないと排除する。役に立つ/役に立たない/自己責任/自助努力という言葉、差別的な言説が蔓延するこの社会の不寛容さがたどり着く先がこうなる可能性は大いにある。国の失策が個人の責任に置き換えられ、本来支援されるべき人が結果的に排除されてしまうのはあってはならないことだと思う。死に方を選ぶ/尊厳死と言われれば、聞こえはいいかもしれない。でも選択肢を極端に狭められて、結果的に選ばされた死は自由意志ではない。この架空の世界を架空のままで終わらせるために何が出来るのか、考えていきたい。

  • 柴田文先生の『スキップしたいな』を読みました。

    激務による疲労のため、駅のホームで倒れてしまった医療機器メーカーの営業マン・永田聖。介抱してくれた駅員にお礼がしたい聖は、後日その駅員・来栖修平に再会する。お礼を伝えるも「気にしないでください」と遠慮する修平に、聖は強引に名刺を渡してごはんの約束を取り付けた。約束の日、開口一番に体調を気遣ってくれる修平の優しさに、心があたたまるのを感じる聖。同い年で気さくな修平との出会いは、仕事で私生活や交友関係をないがしろにしていた聖に変化をもたらし…。(引用:裏表紙のあらすじより)

    柴田先生の『スキップしたいな』はシーモアで単話が発売されたときから追いかけていたのですが、その頃わたしは転職後で激務が続き、気が付けば寝る以外は仕事のことばかり考えていました。行動範囲は家と職場、ときどきスーパー。自分は何に心を動かされて、どんなことが好きなのか、言葉にする時間がない。そんな状況が、この作品に登場する永田くんとリンクしているような気がして、読むたびにいつも励まされていました。(作品の舞台が京都なので、その点も身近に感じたのかもしれない)

    好きなシーンはたくさんありますが、私は永田くんと来栖くんが初めて一緒にご飯を食べた日の会話が印象に残っています。

    「僕今日めっちゃ楽しかった ありがとう」

    「あっ ……俺も!楽しかった ありがとう! 」

    「うん ほなおやすみ」

    何気ない会話かもしれないけれど、今日楽しかったと伝えることって意外と難しい。楽しむ気持ちを忘れていたら、もっと難しい。でもそういう壁をひょいっと軽く飛び越えてくる来栖くんがいてくれたから、永田くんは楽しさを思い出せたのかもしれない。こんな場所に金木犀が咲いているとか、電車内で永田くんが勤務する会社の広告を見つけるとか、出会った人の影響で物や景色の見方・捉え方が変わっていく様子が丁寧に描かれているのもいいなと思った。

    後半では永田くんの知りたい気持ち/来栖くんの知られたくない気持ち、そして永田くんが無意識に来栖くんを傷つけてしまったことを反省するシーンがある。時間がかかったとしても、それでも対話をやめず、ちゃんと謝って好きという想いを伝えるところもすごく良かった。

    柴田先生の作品はケアの描写がたくさん出てくる。それがすごくあたたかくて優しい。あと本当に絵が上手い。登場人物の表情が豊かだし、ご飯も美味しそうだし、ふきだしや背景の柄もかわいい。読んでいるとにんまり笑顔になります。基本的に漫画は電子で買うことが多いんだけど、紙でもゲットできて嬉しい。読み終わった後は思わずスキップしたくなる、そんな作品だった。

  • 永井玲衣の『水中の哲学者たち』を読みました。

    哲学することは、世界をよく見ることだ。くっきりしたり、ぼやけたり、かたちを変えたりして、少しずつ世界と関係を深めていく。揺さぶられ、混乱し、思考がもつれて、あっちへこっちへ行き来する。これは朝に目を覚ましたときの感覚に似ている。世界に根ざしながら、世界を見ることはいかにして可能だろうか。(引用:「まえがき」より)

    朝の通勤ラッシュと労働がつらい。

    このつらさの原因は一体何なのか、この本を読んでようやく分かったような気がする。周囲の速さについていけないからだ。電車の乗り換え、質問されて回答するとき、頼まれた仕事に取り掛かるときetc… 必ず速さを求められる。しかもその速さは的確さの上で成り立つことが大前提とされている。思考と答えにも速さが必要な世界なんだ。新自由主義的な資本主義に支配された日常。そんなの当たり前じゃんと思われるかもしれない。でもわたしの場合こういった速さに遭遇するたびに、その事実に絶望する。あまりにも速すぎる。もっと効率よく。問いは許されない。世界は「そういうもん」になっている。でも果たしてそうだろうか。

    わたしはわたしのリズムでどこをどうやって歩くか考えたいし、言葉を探したいし、選びたい。それこそ「わたしの人生は、わたしが決められて、本当だと思っていることにも、本当に?と思っていい」。そして知らない誰かにも、そうであって欲しいなと願う。あなたのことをもっと気にかけたい。

    だからこそフィクション作品のコミュニケーションや対話の描写に希望を抱いている。この本には人との哲学対話の様子が書かれているけれど、こんな風に人と話していいんだということを思い出した。本当に忘れていた。日常の些細な出来事、漠然とした考え、空想の話。ままならない、まとまらない自分とあなたがいてもいい。

    すぐに形にして的確に伝える言葉は鋭利になっていないだろうか。もっとやわらかくて、弱い自分とあなたが存在していることを思い出そう。考えよう。哲学しよう。

  • 映画『カラオケ行こ!』を観ました。

    成田狂児役は綾野剛、岡聡実役はオーディションで選ばれた齋藤潤、脚本は野木亜紀子

    原作はヤクザ(大人)と未成年(中学生)がカラオケを通して関わっていく物語で、私も楽しく読んだ。冷静に考えるとアウトな出会い方をしているのに、そのグロテスクさを内包しながらも、コミカルかつ巧みな言い回しによって緩められてる感はある。それをすんなり受け入れてしまっている自分に時々びっくりする。

    正直実写映画化と聞いたときは漫画内のキャラクターを演じられる人はいるの?あの危うい雰囲気を映像化するの?等々、不安と困惑と疑問で頭がいっぱいになった。でも観に行ったら、手のひらを返しすぎてドリルになるくらい面白かったです。野木亜紀子の脚本がうますぎ。

    聡実くんが最後に歌う「紅」がすごすぎた。もう二度と出せないソプラノ…叫ぶたびに掠れる歌声が切なく、だけど力強かったです。

    そしてなんといっても、和田役の後聖人と栗山役の井澤徹の演技が素晴らしすぎました。あんな和山やま作画キャラクター、よう見つけてきましたね。しかも栗山は映画版のオリジナルキャラクターですからね。栗山と聡実くんが映画を観ながら会話するシーンを挟む=メンター的な立ち位置の構築なのかなと思った。このキャラクターを演じた俳優さんの他の演技も見てみたい。

  • 『ユリイカ2021年1月号 特集=ぬいぐるみの世界』をKindleで読みました。

    http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=3517

    ぬいぐるみの存在は言語と規範から逃れること、ぬいぐるみを身に纏うことで自分を主張すること、アニメやドラマなどの映像作品・漫画や小説に登場するぬいぐるみに込められたストーリーを想像すること etc…

    様々な視点から語られる「ぬいぐるみ」という存在についての言葉はどれも新鮮で、面白かった。

    一番こころに残ったのは『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』の著者である大前粟生さんの言葉と、

    新井素子さんへのインタビューである。

    私は子どもの頃と比べれば、ぬいぐるみとしゃべることは無くなった。どちらかといえば、猫に向かってしゃべることが多くなった。でも仕事からクタクタで帰ってきたときは「疲れた〜」と言いながら少しだけぬいぐるみを抱きしめることはある。そのときにぬいぐるみの目を見つめると、何かを言っているように見えるのだ。私を慰めるような目をしながら、何かを。

    でもその“何か”をこちら側が定義するのは暴力的ではないのか?と思って、結局すぐに目を逸らしてしまう。私とぬいぐるみの関係はそんな感じだ。だからこのお二人の言葉がよりいっそう心に響いたのかもしれない。

    なぜ人はぬいぐるみを愛すのか。あなたにとってぬいぐるみとはどのような存在なのか。

    私の場合、ぬいぐるみを愛するとまではいかないけれど、でもできればあなたの好きな距離感でこれからの私も見守っていてくれたら嬉しいなとは思っている。

  • Netflixで『D.P. -脱走兵追跡官-』を観た。

    このドラマのOPは必ず以下の言葉から始まる。

    大韓民国の男子は法の定めるところにより兵役義務を遂行しなければならない (大韓民国兵役法第3条)

    しかし最終回ではその言葉が以下に変わっていた。

    すべての国民は人間らしく生きる権利を有する 国は災害を防止し その危険から国民を保護するため 努力しなければならない (大韓民国憲法第34条)

    国に命じられて軍隊で戦争の訓練をし、権威を持つものたちから常習的に暴力を振るわれ、そしてそれらは隠蔽される。公になった場合は個人の責任になる。そこには数えきれないほどの歴史があり、その歴史は想像を超えるほど根深いものだ。

    最終回に出てきた台詞が頭から離れない。

    「ここは(軍隊内部の構造)仕方ないところなのです」 「その言葉 “仕方ない”が大嫌いです」

    “仕方ない”で受け流せない人たちの連携が良かった。ただドラマ内では暴力の描写が結構な頻度で登場する。不正や隠蔽を許せない人でさえ、暴力を振るってしまう。暴力に慣れると人を止めるときでさえ拳が出るものなんだと恐ろしくなった。

    国や組織の責任を問い、これ以上人権と尊厳と命を奪われてはいけないと行動する。「全部終わったよ」と周りから言われたとしても、ジュノたちは「終わってない。まだ始まってすらない」と答えるだろう。