金原ひとみ『ナチュラルボーンチキン』(Audible)を聴きました。

仕事と動画とご飯というルーティン。
それが私で、私の生活だ。自分には何もない。(本文より)

毎日同じ時間に出勤退勤し、同じようなご飯とサブスク動画を詰め込む「ルーティン人生」を送る、45歳一人暮らしの「兼松書房」労務課勤務・浜野文乃(はまのあやの)。ある日、上司の指示で、「捻挫で三週間の在宅勤務」を続ける編集者・平木直理(ひらきなおり)の自宅へ行くと、そこにはホストクラブの高額レシートの束や、シャンパングラスと生ハム、そして仕事用のiPadが転がっていて――。(引用:書籍ページのあらすじより)

金原ひとみの作品に初めて触れたのですが、言い回しの豊富さと着眼点に驚かされました。
主人公・浜野文乃のルーティンに雁字搦めになって、新しい出来事に心を乱されたくない気持ちの描写が現実(リアル)すぎて… 分かる… 分かるよ…と思いました。

あと、この物語を聴いたときに、淡々としながらも鋭い切り口で、日常の何気ない描写と過去の出来事を吐露する浜野文乃のことを愛しいなと思う瞬間が何度かありました。
相容れない部分は所々あるけど、わたしは浜野文乃のことをこれからもどこかで思い出すのだろう。

突出した才能も情熱も、誰かに愛される才能も、誰かを愛する才能も、何かにハマる素養もハマられる素養も、
なりふり構わず何かを手に入れたいと思うほどの欲望も、哲学に向かうほどの切実さも、アカデミックな方面で活躍する才能も、誰かを虜にさせるほどの魅力も技術も、頭の中にあるものを形にするクリエイティブな力も、頭の中に形にしたいと思えるほど価値あるものが浮かぶような発想力もない。

そんな浜野文乃が、平木直理さんと、かさましまさかさん(回文!)との出会いによって変わっていく描写が良かったですね。
変わらなくてもいいじゃんと思わなくはなかったけど、それこそ内側に向けば向くほど見えづらくなることってあるから…。
他人には他人の地獄があって、平気そうに見えていても実は抱えている事情があって、それを人に話せなくても、自分とは全然違う他人の話を聞いているだけで楽になることがある。このままでいいと思っていても、時には無理矢理にでも引っ張り上げてくれる存在が必要な場合もある。

わたしは恋愛に興味がない人間なので、物語の核となる浜野さんとまさかさんの恋愛シーンはさらっと聴いたのですが、この二人の会話はどこまでも対等なのがいいなと思いました。浜野さんが「人間に戻った気がします」と言いたくなる気持ちが分かる。

一緒に生きていくと思うと重いけど、一緒に老いて潰えていくんだと思うと、気が楽になります。何も成し遂げなくていいんだって、ただ朽ち果てていくんだって思うと、樹みたいで穏やかに生きていけそうです

Audibleの朗読が日笠陽子だったのが最高でしたね。

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