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そこに立つのは人間か、キャラクターか
「2.5次元」――アニメ、マンガ、ゲームといった2次元のコンテンツを人間の身体という3次元において実現したもの。舞台やミュージカル、ライブコンサートなどを通して多くのファンによって見出されてきた2.5次元とはいかなる文化であるのか。多様な展開をみせるその現在形をさまざまな学問的な知見から探求する、これからの2.5次元文化研究のための画期にして、基本書。(青土社紹介ページより引用)
わたしは2015年のライブ・スペクタクル「NARUTO-ナルト-」で2.5次元に魅了され、そこからさらに期間を空けてまほステにハマった人間です。
しかし具体的に「2.5次元って何ですか?」と質問されたときに、答えるための言葉とイメージが圧倒的に足りないなと感じました。
そこでこの入門書を読んでみたところ、「アニメや漫画などに登場するキャラクターを生身の人間が演じる舞台」と説明する以上の表現があることに気付きました。
2.5次元を「文化実践」とすることで、複数の研究領域に分断するのではなく、むしろ相互に結びつけて考察することが可能になるという話も面白かったです。
その中でモーションキャプチャーによるライブについて触れられていたのも印象的でした。
薄暗い閉鎖空間で実体のないホログラムに向かって、他のファンとともに応援に興じる私たちの「体験」こそが、本来は空虚な存在であるホログラムのキャラクターに身体性を与えている。(p11)
最近XlamVのライブ配信を「本物だ!」と言いながら観てたのを思い出しました。(31:30〜 観て!!!!!!)
第6章の「見えないものを見ようとする――二・五次元舞台における「推す」観客と作り手の動的な相互作用/筒井晴香」は、テニミュにおける「ベンチワーク」や「定点」観劇体験に関する内容でした。
行間を埋めるような形で、原作にはないキャラクター同士の物語が描かれること=キャラクター自身が自律性のある、自ら出来事を立ち上げていく存在になるという話がすごく面白かったです。私も生で舞台を観に行ったとき、舞台の片隅で動く推しキャラクターばかりに目がいきます(これが定点)。
そしてこの「定点」観劇体験について、「他の舞台上の膨大な部分を見ないという決断を含む」「「見たいものを見たいだけ見られる」しかし「見ても見ても見つくせない(見れば見るほど、そのことに気づく)」経験」とも書かれており、その通りすぎてひっくり返りました。
この本を読みながら、自分の中の解釈と作り手側の働きかけが融合する瞬間や感動を楽しむために、私は舞台に足を運ぶのかもしれないと改めて思いました。
2.5次元はまだまだ奥が深いですね…